オーガニックコットン専門店 "パノコ" 原綿・生地・糸・タオル・下着・服・寝具 赤ちゃんから敏感肌、化学物質過敏症の方、病院でも使用されています。出産祝い・内祝い・プレゼントに
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2008年6月 タンザニアレポート:第1回(6月25日(水)-6月27日(金))

空港に迎えにきてくれたアレーさん

6月25日(水)

夕刻8時45分アラブの航空機エミレーツに乗り込み関西空港を飛び立ちました。機内は新しくキレイ、座席は空いてゆったりしていました。約10時間半のフライトの後、26日未明、アラブ首長国連邦ドバイ空港に到着しました。それから6時間空港の中で時間をつぶし、10時55分目的地タンザニアダルエスサラームに向けて離陸しました。
機内は打って変わって超満員です。アフリカ人、インド人がほとんどで日本人の姿はほんのわずかになりました。約6時間のフライトです。

ダルエスサラーム、ニエレレ空港に26日夕方到着しました。空港の名前は大統領の名前から来ています。ニエレレ大統領はポルトガル、ドイツそしてイギリスの植民統治の後、1961年独立し初代の大統領として就任しました。国家体制は大統領、国会、裁判所によって統治されていて、国の正式名称は「タンザニア連合共和国」となっています。
ダルエスサラームは商業上の首都で250万人の人口です。タンザニア全体では3500万人です。年間平均気温24~28度で常夏の国です。10月から3月は猛暑の時期です。6月から9月までは涼しいいい季節です。言葉はスワヒリ語と英語が通じます。
国際空港というにはあまりに小さい感じです。リーメイ社が手配してくれたアレーさんが迎えに来てくれました。早速ホテルに向かいましたが、道路は結構渋滞していました。
ホテルではスイスからやってくる、リーメイ社副社長のピーターさんを待ちましたが、夜9時無事に到着し、アフリカの旅が始まりました。

巨大なバオバブの木
6月27日(金)

ニオレレ空港からPRECISION航空の飛行機でムワンザMWANZAに移動しました。ムワンザはビクトリア湖の南の端に位置していて、ROCK CITY「岩の町」の異名通り大きな岩が平原にも山にもごろごろと有ります。地質的には表土もなくとてつもなく古い
感じがしました。さあ、オーガニックコットンの聖地MEATUメアトウに向けて5時間の移動です。ランチを食べて午後1時、車は走り出しました。

まともな道路は初めだけ。舗装してあっても所々大きな穴が開いているので、油断できません。途中からはカマボコ道。とにかく道はひどくて遠い。バオバブの木が随分とたくさんあります。びっくりするほど大きな木です。葉っぱは殆ど落ちているが、一部実がなっていて、食べられるとの事です。


収穫を待つ綿畑
近道に雨期は川になっている所を1時間ほど走ります。まるでSAFARIラリーのよう。
一面ものすごく広い大地で、牛、ヤギ、羊を放牧している人たちをぱらぱらと見かけました。

乾季に入っているので、植物は枯れかけており、ソルガム、ミレット、メイズの収穫後のようなところが見られます。
そして綿は今から収穫という感じ。綿の場合には、雨期の初めに種まきをします。


bioReプロジェクトのトレーニングセンターの人たち

5時間の激しい揺れに耐え、綿の畑が見え始め、目的地のBIOREトレーニングセンターに到着したのは、
夕方の6時を少し回った頃でした。

BioReトレーニングセンターのニランジャンさん、その他の方々の出迎えを受け、オーガニックコットンの状況について話を伺いました。

我々は異国の食事を楽しみ、蚊帳が吊られたベッドに寝て、懐かしさを感じながら旅の疲れを癒しました。

明日は、ジン工場(ジンとは綿花の綿と種をわける工程)の見学です。

2008年6月 タンザニアレポート:第2回(6月28日(土))

珍しいローラージンの機械1

6月28日(土)


ジニング工場を見学しに出かけました。車で20分ぐらいのところにありました。ジニングとは綿と種を分離する綿製品の最初の工程です。

←左の写真は、珍しいローラージンの機械です。左下の写真もローラージンの機械

右下の写真は一般的なソージンの刃の部分です。

ローラージンとソージンに興味のある方はNOCレポートをご覧ください。

ここにはローラージンの機械が24台もあって1日30トンの綿を処理できます。


珍しいローラージンの機械2一般的なソージンの刃の部分

 

 

原綿をベールに圧縮する機械 

この写真は種を分離した後の綿をベールと呼ばれる塊に圧縮する機械です。




原綿のベール

1ベール約200kgに固めます。取り引きはベール単位で行われます。


350トンの種付き綿を入れる倉庫が3つあります。

500トンのベール用倉庫600トンの種用倉庫

2008年6月 タンザニアレポート:第3回(6月28日(土)-6月29日(日))

bioReトレーニングセンターKARIBU ようこそ、bioReへ。


6月28日(日)

このプロジェクトは1994年から始まりましたが、実質現在の形でスタートしたのは
2000年からです。当初は事務所だけでしたが、宿泊設備のあるトレーニングセンター、寮を作り、それから広大な実験、教育農場も作ってきました。

いろいろ大変だったようですが、現在は15の村の人たちと契約をし、あらゆることをオープンにやっており、また村の人たちに対しても大きな社会活動を行っています。
ただ、この国は、かつて社会主義国家だったので、行政がまだ強いため彼らが行うことにはタッチしていません。行政に全て確認のうえやってもいいという許可をもらった上で行っています。

因みに昨年はタンザニアの現大統領がここを視察に来られました。
REMEIのインド及びタンザニアにおけるbioReプロジェクトが南ア・ヨハネスブルグの
環境サミットで表彰されましたので、国としても注目されているのでしょう。

トレーニングセンターの入り口です。実験農場からセンターを遠望。
ひまわりはすでに枯れています。綿畑の中に瓜が出来ています。

各村には一人ずつのスーパーバイザーをつけ、農民のトレーニング、技術の移転を行っています。
また彼らは必ず、毎日村を見回り、1軒ずつ訪問しながら何か困ったことがないか聞き、また、様々な質問にアドバイスを与えています。
bioReはここの行政に深く信頼されまたサポートされているわけです。

オーガニックコットンなので、書類の作成、保管、管理などは非常に大切な事です。
それらは、センターには勿論のこと、各村のオフィスにもFARM NOTEを中心に、農家一軒ずつのものがしっかり記帳、管理されています。

ンゴボコ村のオフィスの面々 すべての農家の資料が保管されています。
ンゴボコ村の集荷場です。中は倉庫になっています。手摘みした綿は牛車で引いてきます。
重さをしっかりと量ります。

各村に一箇所づつある集荷場には、まだ本格的な収穫が始まっていないので
綿は殆ど集まっていませんでしたが集荷、計量、保管についての説明を受けました。

雄大な夕焼けを見ながら乾杯。

夕方は大きな夕日を見ながらKILIMANJAROビールをニランジャンさん,PETERさんと3人で飲む。涼しくなり始め、何もかも忘れそうな静寂です。

ニランジャンさんはタンザニア生まれのインド・グジャラート出身2世です。
CICで若い時から働き、あらゆる部門を経験されたとの事。(大きな紡績工場だったらしい)
REMEI社長のPATRICKさんとは1980年代にそこの部長をやっておられるときに知り合ったとのことです。インド洋に面したTANGAに家があり、奥さんがお一人で4人の子供さんを見ておられるとの事。年に2回ほど帰られるようです。今回はたまたま奥さんがこちらに来ておられました。

また、PATRICKさんもエジプト生まれのスイス人でアフリカには特別な思い入れがあるようです。

いろいろなものが売られているマーケット 

6月29日(日)

ジニング工場の近くのマーケットに連れて行ってもらいました。
村毎に開かれる曜日が違い、ここは日曜日ごとに、開かれます。衣料品、雑貨、ラジオその他様々なものを皆が持ち寄り、売っています。

川、湖で取った小魚を干したものを売っています。

また牛やヤギまで売られているのには驚きました。

皆、お休みなので、わいわいがやがや楽しく過ごしておられます。夕方までには、お酒も入りもっと盛り上がるそうです。


午後は、PETERさんにZAPの説明を受けました。ZAPとは、REMEIのオーガニックコットン加工基準です。
改めてREMEIの考え方、基準の高さに感銘を受けました。
現在、ZAPとPAPを統合した基準つくりを進めており、年内には完成するようです。
そうなれば、REMEIと、スイスCOOPとの基準が一致するはずです。

また、CO2削減に対する取り組みについても聞きました。
電力(CO2)は紡績工場で一番使います。農業で使われるCO2は少ない。
タンザニアの場合には、水力発電が主流なので、発生量はかなり少ない。それでも今後バイオガスプラントを作ることを考えています。

またインドでは現在バイオガスプラントを150作っていますが、これを更に増やしていくようです。 また、今年から、風力の自家発電設備を持った紡績工場に一部紡績を依頼し始めるようです。
今更ながら環境に対する高い志に頭が下がります。


夕方になる前に、ニランジャンさんの奥さんのプリシージャさんも含め、30-40分をかけ大きな湖にサファリに出かけました。野生のカバを見に行ったのですが、ちょっと時間が早すぎたようで、残念ながら見られませんでした。この時間帯には対岸側にいるはずだと釣りをしている現地の人が言っていました。さえぎる物がないので、本当に広大な景観に圧倒されます。



カバが上がってくる場所。湖の近く、バオバブの木が遠くに見えます。

2008年6月 タンザニアレポート:第4回(6月30日(月)-7月1日(火))

bioReトレーニングセンターの中。右よりNIRANJANさん、PETERさん、プリシージャさん綿花栽培の年間スケジュールが書かれています


6月30日(月)

トレーニングセンターの中には、6部屋のバストイレ付き個室の他に、職員、学生などが泊まれる寮もあります。
2段ベッドになっていますが、ここには20人くらいが泊まれます。上左の写真は、そこの玄関で撮ったものです。

REMEIが今まで行なってきた地域住民に対する社会活動は、ざっとですが、下記の通りです。勿論有機農業の教育、オーガニックコットンの買取が最も大きな貢献ですが。

1. 2002年には、数個の井戸を掘り、500家族に貢献。
2. 2004年―2005年には、小学校に机、文房具などの購入費用として5万ドルを寄附。
3. 2006年は食用農産物を含め、農業生産が非常に悪かったので数ヶ月間に亘り、この地域の小学校に昼食支援を行ないました。
4. 昨年から今年にかけては2本の新規の井戸と1本の井戸の補修工事を行ない、3月に完成しました。しかしながら、まだ11の村に井戸が必要との事です。

今朝は、JUSTINAさん同行で13km(車で20分くらい)の所にあるンゴボコ村へ。
下記の井戸を見に行きました。今年2月に完成、3月から稼動した、2基、そして、もうひとつの修理したものも見ました。
いずれも現地の利用者たちがたくさんおられました。

井戸の写真1。47軒が共同使用井戸の写真2。メンテナンスも彼らが行ないます
井戸の写真3。井戸の写真4。
修理の終わった井戸。維持費については村で既に供託済みなので、早く新しい物を作りたいと、言われました。
井戸は浅く、6-7mくらい。1基を40-50世帯ほどで利用されているようです。
1世帯約10人くらいが一般的との事。
一箇所のところで皆さんが是非もう1基をこの地域に作って欲しいと言われました。
近くの中学校の生徒なども使っているらしく、順番待ちなど大変という事です。

井戸についてはbioReと利用者との間で契約書を作成し、現地調査、水質検査、セメント、ポンプなどは、bioRe, 井戸掘りその他の作業、完成後のメンテナンスなどは利用者側がすることとしています。非常にいい仕組みだという印象を受けました。

要望は利用者側から出され、bioRe側で費用その他を検討し、予算を付け、実行して行くようです。現在11の村での予算は下りていますが、準備もあり、簡単には、出来ません。 パノコとしては、今年から来年にかけ、協力の一環として、
まだ井戸のないムワンヤヒナ村に新規の井戸を2つ提供する予定です。
これにより351家族に喜んでもらえるものと思います。

今後はNOC全体でも毎年少しずつ協力していけたらいいと思いますね。

 

着いたばかりのミシン。

トレーニングセンターに帰ると、ちょうどインドから足ふみの新品のミシンが18台着いたところでした。

やはり社会活動の一環として、ミシンの使い方を地域の女性に毎週土曜日にセンターで教え、簡単な袋などは自分たちで作れるようにしておられるようです。

古着などを日本から送るようにしようかと提案しましたが、中古がタンザニアに入るとここの産業が育たないので止めて欲しいといわれました。
なるほどですね。


夕方前には、農家を1軒訪問しました。まだ本格的な収穫は始まっていません。

平均的にこのあたりの農家は100エーカーほどの土地があり、このうち20-30エーカーほどでコットンを栽培しておられるよう。



農民二人は兄弟で、REMEIとは10年くらいやってくれています。兄弟妹、奥さんと赤ん坊、兄の息子。
ニームを植樹。

7月1日(火)

 いつも通り、スパニッシュオムレツにトースト、マサラティーで朝食後、記念植樹。

PATRICKさんのニームはこんなに大きくなっています。ガードマンのマサイともお別れ。


NIRANJANさんたちにお礼の言葉を述べMWANZAに向け出発。

途中何箇所も川に穴を掘って水を汲んでいるところに出くわす。やはり大変だなと感じました。

途中やはり水のなくなっている川を近道なので通りましたが、タイヤが砂に埋まってしまい、またギアの調子もちょっとおかしくなり、大丈夫かと不安になりましたが、何とか20分ほどで直り、再出発できました。



ここは集落に比較的近いところの川。皆が総出で穴掘りと水汲み。

まだREMEIの原綿の買取が本格的に始まっていないので工場は稼動していませんでした。

ローラージンは数年前にREMEIのファイナンスでインドから輸入した物だという事です。稼動は6月から11月くらいまでで、REMEIの仕事だけをやっています。8時間で50ベール、1日150ベールの能力です。(約30トンぐらい)

今年度の収穫予想:

2008年今年の収穫量は2400トン。今年は、1000トンはタンザニアで紡績する予定です。

この地域の15の村の約2400の農家が29,129エーカーの有機の畑でオーガニックコットンを栽培しました。一軒の農家には3~4人の親族が付随していますので、実際はもっと多くの農民が働いています。

2008年3月 インドで手紡ぎをする女性たちの話(Remeiレポートより)

手紡ぎの工程の中で‘ Ambar Charkha’という機械を使って
数種類の糸をより合わせていく。
(写真提供:REMEI社)
bioReプロジェクトが助成するプロジェクトとして、インドの女性たちの経済的自立を目的と
した手紡ぎの組織があり、田舎の地域で進めらています。

手紡ぎの工程には改良された‘ Ambar Charkha’という写真の機械が使われます。
‘ Ambar Charkha’で女性たちがつくった手紡糸を使い、別グループがKhadi(カディ)を手織りします。
これらのカディは、品質が日々向上してきており、関心がある顧客に販売される予定です。

*KHADI(カディ)とは、インドの手つむぎの糸を手織りした布の総称のことをいいます。
日本でも取り扱いがされているようですが、機械で紡がれた糸と異なり、
手で紡がれた糸は「糸より」が柔らかいので、吸湿性、速乾性に優れ、冬は暖かく、
夏はその「糸むら」により、空気をはらみ涼しい、といった特徴をもち、愛用者が増えてきているようです。

2007年10月 bioreタンザニアで働く農民 フィラ・サラムさんの話(Remeiレポートより)

フィラ・サラムさんが家族といっしょに新居の前に立っているところ
(写真提供:REMEI社)
Remeiからのレポートによると、bioReタンザニアで働いている
タンザニアの農民フィラ・サラムさんは、彼の農場での2年間の様子を話してくれました。

『私はMwamanonguの村から移住してきた32歳の農夫です。
2年前、bioReプロジェクトに加わりました。この2年間でbioreプロジェクトで手に入れたものを考えると本当に夢のようです。

家族のために新居をつくり、金属加工機械を買い、
8匹の雄牛を買うことができたのです。
今年は、有機農地に30本のカエデを植えましたが、
今後はカエデを50本に増やそうと思っています。』


新しい金属加工機械(写真提供:REMEI社)8匹の雄牛たち(写真提供:REMEI社)

2007年7月 インドの学校の子供たちに新しい教材が届きました。

寄付金は直接、子供たちの教材に生かされています(写真提供:REMEI社)

インドのNawalpuraのbioReプロジェクトの学校で子供たちは新しいベンチ、新刊、バッグとユニフォームなどの新しい教材が届き、とても喜んでいます。

これらの教材は日本のパノコトレーディングや㈱ゴールドウィン、NOCの1109$の寄付によるものです。

教材をもらった子供たちは、ニュースレターを通して感謝の気持ちを伝えてくれました。


届いた教材を受け取る子供たち(写真提供:REMEI社)

同じような教材はSadarbanとJiratの学校にも配られました。学校の子供たちの数が確実に増えつつある今、Sadarbanではさらにもうひとつ学校をつくる必要がでてきています。 
2007年6月25日(金) アフリカのタンザニアでは原綿の収穫が行われました。
綿を収穫するタンザニアの人たち(写真提供:REMEI社)


まず、オーガニックコットンのとれるタンザニアとはどんな場所でしょうか?

タンザニアはアフリカ大陸にあり、北側の国境は、ケニアとウガンダ。

南側は、ザンビア・マラウイ・モザンビークに西側は、ルワンダ・ブルンジ・ザイールに面しています。

面積は88万3749k㎡で、日本の面積の約2.3倍ですが、タンザニアの人口は約3151万人で、日本の人口の約4分の1です。

気候はタンザニアでは日本と季節が逆で一番あつい月が2、3月ですが4、5月は雨期です。

雨期の雨の量が多いところでは350mm/月ですが、

8月は乾季にあたり、50mmもふりません。

8月の今はもっとも暑い場所でも25℃程度、寒い場所でも17℃です。

一番暑い2,3月でも30℃ほどで予想よりかなり寒暖の差がすくない場所のように思えます。


綿を収穫するタンザニアの人たち(写真提供:REMEI社)


そのタンザニアで、2007年6月25日、オーガニックコットンの原綿の収穫が,11の村で始まりました。

ここでは1531人の人たちが原綿の収穫をしています。

生産者の方も増えて、今年は気候のおかげもあり、収穫量も多くなっています。

通常の綿の価格の45Tsh/kgにくらべて、オーガニック・コットンの価格は60Tsh/kgとかなり高い金額となっています。


2007年6月22日(水) インドのトレーニングセンター周辺に大きなハリケーンが通過し酷い被害を受けました。
全壊したトレーニングセンター(写真提供:REMEI社)


2007年6月22日、biore トレーニングセンターの周りにひどい暴風雨がありました。

幸い、だれも負傷者はありませんが、多くの被害がありました。

ある建物は全壊をし、そして、他の建物についてもなんらかの被害の爪あとが残っています。

流域周囲の巨大なマンゴの木は、暴風雨で真っ二つに折れて路上に、落ちていました。

特にKasrawad村は被害が大きく、電気がまったく通じません。

またbiore トレーニングセンターのスタッフのいくつかのコンピュータにも被害がありました。 通常に生活に戻るにはかなりの時間を必要となりそうです。



真っ二つに折れてしまった大きなマンゴの木(写真提供:REMEI社)

パノコとしては、Remei社を通じて、オーガニックコットンを買うことで「bioReプロジェクト」を末永く支援していきます.

現地の方が一日も早く通常の生活に戻れるように心から祈っています。

2007年4月17日(水) インドやタンザニアでオーガニックコットンプロジェクトを展開する REMEI社のPeter氏が来社
REMEI社のインドでの綿の収穫(写真提供:REMEI社)


スイスにあるREMEI社のピーター・ツッチャネン氏がパノコに来社し、自社の取り組みについてプレゼンテーションをしました。REMEI社はインドやタンザニアでオーガニックコットンを生産する農家を支援し、フェアトレードにより、パノコやスイス生協にオーガニックコットン製品を供給している会社です。

REMEI社は、化学肥料、農薬などを使わない本当にオーガニックな製品を作りだすだけでなく、廃水を浄化したり、有害な化学物質を使った染色や加工はしないなどのエコロジカルな加工を徹底させています。

栽培方法も、実際にどんな形で行われているのか、興味深いお話をしてくれました。

農薬を使わない替わりに、ひまわりなど虫の集まる植物を周りに植えたり、ニーム(センダン)と呼ばれる植物のエキスをかけて虫が集まるのを防いだりするとのこと。

また、同じ作物をずっと植えるのはなく、コットンを1年作ったら、その次は大豆やとうもろこしなどの野菜を作るというように、輪作によって土壌がやせないようにしているとのこと。

bioReインド・プロジェクトの農業訓練所(写真提供:REMEI社)

また、REMEI社が行っている「bioReプロジェクト」では、オーガニックコットンを栽培する農家にもさまざまな支援活動を行っています

そのひとつが有機農業のためのさまざまな技術を教育するプログラム。緑に囲まれ、設備の整った農業訓練所で、先進的な有機農業のノウハウを伝えています。

また、利益の5%を基金(bioRe基金)に積み立て、農家及びその家族のための健康維持のために、移動病院(Mobile Hospital)での治療や検査を行ったり、バイオガス設備や潅漑設備などの農業インフラに対しても金利ゼロで融資をしています。さらに、子供達への教育や公衆衛生施設の設置など、幅広く農業従事者やその家族、コミュニティへの支援を継続して行っています。
インド「bioReプロジェクト」のエリア

そして、もうひとつフェアトレードを基本に、収穫された綿花の購入は、綿花相場の最低20%上乗せを保証しています。一般のフェアトレードは買い付け保証なしに行われていることを考えると、REMEI社のフェアトレードがどれだけ農業従事者にとって安心なものかがわかります。

このREMEI社が行っている「bioReプロジェク」トは2002年ヨハネスブルグで開かれた世界環境サミットで、その功績をたたえられ、国連から「持続可能な開発パートナーシップ賞」を授与されました。
パノコの製品の約8割はこのREMEI社のものを扱っています。
つまり、パノコのオーガニックコットン製品を使うことは、間接的にインドやタンザニアのオーガニック綿農家の暮らしを支援し、彼らの環境のためにも貢献することになるわけです。